第31回 あとがき――自分を増やし、最後に一人の人間へ帰る
私はなぜ、六十歳を過ぎてから Language OS という長い文章を書き始めたのか。
人生の前半では、経験は前からやって来る。学校、就職、結婚、子育て、転職。次の出来事に対応するだけで精一杯である。後半になると、出来事は後ろから声をかけてくる。「あれは何だったのか」と。
日本語、英語、中国語、ドイツ語。池袋から始まり、アメリカ、台湾、イスラエル、ヨーロッパ、アジア、ドイツ語圏へ広がった人生。十数回の転職も、ばらばらの失敗ではなく、異なる世界の OS を試してきた旅として見えてきた。
このブログは、外国語を学べば成功するという話ではない。言語によって、自分の偏りに気づき、必要なときに別の自分を起動できるという提案である。
英語で未来を描け。中国語で現実化せよ。ドイツ語で構造化せよ。日本語で世界と調和せよ。そして最後には、すべての言葉を手放し、ただ人間として、そこにいよ。
この理論は、私の人生を説明するために生まれた
私は最初からLanguage OSという理論を作ろうとして生きてきたわけではない。池袋の少年が短波ラジオを聴き、高校生が暗号文字とドイツ語へ逃げ、若者がアメリカを走り、台湾人の女性と家族を作り、外資系企業を十数社渡り歩き、六十歳でウィーンにつながった。後から振り返ると、その断片が一つの構造を作っていた。
人生は、進行中には意味が分からない。転職は失敗に見え、遠回りは無駄に見え、若い頃の興味は中途半端に見える。しかし時間がたつと、別々の経験が互いを照らし始める。英語が行動を、中国語が現実を、ドイツ語が構造を、日本語が文脈を教えた。四つの言語は、私の中で四つの年代とも結びついた。
このブログを読む人に、同じ四言語を学んでほしいわけではない。あなたには、あなたのOSがある。数学、音楽、スポーツ、介護、旅、仕事、子育て。人生で本気で通ってきた世界は、すべて認知の回路を残す。大切なのは、自分を一つの性格や一枚の履歴書へ縮めないことである。
外国語を学ぶとは、自分を増やすことだった。そして自分が増えるほど、最後には共通する人間へ戻っていく。他者の言葉が分からない苦しさを知れば、分からない人に少し優しくなれる。別の文明に正しさがあると知れば、自分の正しさを少し緩められる。Language OSの旅は、世界を征服する旅ではない。自分の中の国境を、少しずつ開く旅なのである。
OS切替実験 自分の人生を変えた言葉を三つ選び、それぞれが「何を見えるようにしたか」を書く。
金科玉条 言語を学ぶことは、自分を増やすこと。そして成熟することは、増えた自分たちを連れて、一人の人間へ帰ることだ。
図16 Human OS――四つのLanguage OSの下にある、言葉以前の人間
図15 Civilization Leader――Vision・Execution・Process・Cultureの統合
図14 AIは「変換」する。人間は「変容」する